瞬間湯沸かし器(日記帳)
2017年03月23日(木曜日)
再び日本は暗黒国家を目指すのか

今日は「ファシスト小学校」を財務省や大阪府の「大変な親切とサポート」で設立しようとした「愛国者ビジネスマン」の権化である籠池氏の国会での証人喚問がありそうです。しかしワイドショーよりも遥かに重要な問題があります。

 悪名高い「共謀罪」(テロ等準備罪)が閣議決定されました。平成の「治安維持法」と称される国民の基本的人権及び言論の自由、思想信条の自由、政治活動・社会運動の自由を脅かす危険な法律です。

 日弁連も明確に反対しています。

http://www.nichibenren.or.jp/activity/criminal/complicity.html

 「治安維持法」が国民を縛り上げ、日本は戦争国家になり多くの国民に犠牲を強いたことはつい71年前のことにすぎません。あの悪夢が台頭する可能性が高くなります。SNS社会なので、常に警察・公安は国民各位のSNSやWEBを監視するようになるでしょう。

 「言いたいことが言えない」「重苦しい」雰囲気の暗黒の日本社会になるでしょう。

 支配階級はまともではありません。自衛隊の南スーダン派兵に関し、情報を自衛隊幹部が隠匿しようとした事件。森友学園という教育基本法を全く無視したファシスト小学校に国や大阪府が「とても親切」に便宜を図りました。

 「まともでない政府閣僚や与党の連中」に、全体主義国家をつくらせてはいけないと思います。わたしは共謀罪に反対します。



2017年03月22日(水曜日)
丸池町・東雲町・小倉町の津波避難場所


 2017年3月定例市議会の代表質問で、下知地域代表の市議会議員である高木妙さんが、高知市下知地区の丸池町・東雲町・小倉町の津波退避場所について問いただしていただきました。

1)まず丸池町の勤労者交流館を丸池地区の津波避難場所にするための対策について聞かれました。またこの地域には高齢者が多数居住しています。また隣接して障害者のp方の通所施設「すずめ共同作業所」があります。

 高知市役所の回答は、「自然高台が遠くて津波避難ビルも少ない。平成29年度に勤労者K交流会屋上へ避難できる外付け階段と、屋上部分に安全を確保するフェンスを設置することになりました。

 敷地が狭い関係からスロープを設置しうるのは困難である。高齢者に優しい蹴上の高さや穏やかな傾斜の階段となるようにバリヤフリー新法(高齢者・障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律)の「建築物移動等円滑化誘導基準」に基づいた設計で施工する。」との回答を得ました。

 確かに昨年実施されたすずめ共同作業所の避難訓練では、作業所からちより街テラスまで徒歩で20分かかりました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/09/post-b798.html


 また丸池町から昭和小まで20分徒歩でかかりました。階段昇降時に体調を崩された高齢者がおられ、緊急搬送されたこともありました。

http://futaba-bousai.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/post-d69c.html

2)「小倉町町内会が従来から津波避難施設として期待されていた下知水再生センター管理棟が耐震強度がないことが判明しました。どう津波避難場所を確保するのか。」と高木妙市議は問いました。

 市役所側の回答は以下のとうりです。

「下知再生センター管理棟は耐震強度に乏しいので、建て替えをすることになりました。その期間中に、南海地震が発生した場合は、管理棟に隣接して水処理棟の屋上があります。地上から8Mの高さがありますので、一時雛場所といて活用できるのではないかと検討している。」とのことでした。

 丸池・東雲・小倉地区は海抜0メートルの低地で軟弱地盤です。江ノ口川と久万川に隣接しています。津波避難ビルも少ない地域です。今回の高知市議会の質疑で、津波避難施設の確保が徐々に進展していることがわかりました。

 でもまだまだ津波待避場所は足りません。地域全体が地震で壊滅し、浸水し津波避難場所へ逃れ、命を長らえてもそのあと、どうやって「命をつなぐ」ことが出来るのか。解決できていない問題が下知地域には山積しています。



2017年03月21日(火曜日)
3連休で静養させていただきました

3連休で静養させていただきました

 このたびは土曜・日曜・月曜(祝日)と3日間ゆっくり静養させていただきました。海の散帆あり、焼肉三昧、カラオケ三昧あり、野草三昧あり、昼寝三昧あり、雑用三昧で過ごしました。

 3日間は地域の防災活動や防災講演会もなく、またWEBでの問い合わせも、注文もなく精神的にも休養させていただきました。充電出来ました。お蔭様で起床時のめまいも起こりません。

 休み明けは早速朝は父(97歳)の通院の付添です。混んでいると思います。午後は集金と支払いの業務があります。

 夜中から雨なので、うっとうしいです。でも暖かくなりました。気分新たに頑張ります。天気図を見ますと「南岸低気圧」が四国沖を東進中。その後を大陸からの高気圧が張り出してくるので、天気は回復するでしょうが、冷たい風が午後から吹きそうですね。

 春先は寒暖差が1日の中でも大きいので体調管理が大変ですね。



2017年03月20日(月曜日)
頑張れ中村高校

 今日は選抜高校野球で、高知代表で県立中村高校の試合があります。なにせ40年ぶりに出場とあって地元四万十市(中村)は物凄く盛り上がり、バス80台で3000人の応援団が甲子園に駆けつけると聞いています。

 40年前と言えば、私は大学をまともに4年(高校は3年で卒業できず)で卒業。就職したのは兵庫県尼崎市のペイントメーカーでした。3月半ばに独身寮に入居。中村高校の試合を観戦に行きました。3塁側のアルプス席は満員では入れず、外野席で観戦しました。確か天理高校戦でした。

 僅か12人の部員の快進撃でした。もう40年も経つのですね。まさか強豪の天理高校に勝つとは思いませんでしたから。今日も結果はどうなるのかわかりませんが、思い切り躍動していただきたいと思います。

天気図ですが大きな移動性高気圧の背後に低気圧が貼りついています。予報では今晩から明日にかけて雨の予報が出ています。作業をまとめて今日やるようにしないと。



2017年03月19日(日曜日)
寒暖さの大きな天気

 朝は肌寒い。PC上の蛍光灯はつきません。予報では午後は20度近くになるとか。天気図を見ますと緯度性高気圧と低気圧がくっついたいます。お天気はどうなるんでしょう。

 今日はYASU海の駅クラブ主催の「山菜&野草ウォーキング」です。家内と一緒に参加する予定です。

http://yasu-uminoeki.com/wp_admin/wp-content/uploads/%EF%BC%A829%E3%80%80%E6%98%A5%E6%BA%80%E8%BC%89%E3%80%80%E5%B1%B1%E8%8F%9C%EF%BC%86%E9%87%8E%E8%8D%89%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B01.pdf

 超高齢者の両親も元気なので留守番を頼みます。お昼ご飯の段取りもします。昨夜は帰宅が遅かったので眠いです。

 食べられる野草の見分け方を習いながら歩く、収穫した野草をてんぷらにして食べます。



2017年03月17日(金曜日)
地域活動怒涛の1週間が終了

 ようやく地域活動の1週間が終了しました。土曜日は地域コミュニティ関係。月曜日も別の地域コミュニティ関係。火曜日は地域防災関係。水曜日は地域コミュニティ関係。木曜は地域防災関係でした。

 それ以前の3月2日はJICA研修生の「コミュニティ防災」がテーマの下知地区での研修。3月9日は本年度最後の下知地区防災計画意見交換会。自宅周りの地域防災活動しか出来ない身の上には、しんどいことでした。

 世間様同様に年度末需要の仕事もあり、冬眠していたWEB関係の仕事も出始めました。超高齢の両親は健康を維持していますが、油断は出来ません。

 今晩は夕方は会議がありません。ようやく一息つけます。地域の会合とは言え「公共的」な要素がありますので、気が抜けませんから。

 天気図を見ますと西高東低の冬型の気圧配置が緩み、温厚な天気に。午後からの母(91歳を連れてのはりまや橋商店街は暖かくなりそうですね。



2017年03月16日(木曜日)
西高東低のお天気

 今朝の事務所の温度は11度。湿度は38度。寒いのでPC上の蛍光灯は点灯しません。天気図も西高東低の強い冬型。また午後から風が吹くと思われます。

 「暑さ寒さも彼岸まで」という諺が宝塔なら今週末が彼岸なので、寒さもこれで終わりかなと思う。

 毎年3月は調子の悪い月です。今年は早々に2月半ばから不調が続きました。なんとか乗りきれたみたいです。



2017年03月15日(水曜日)
地域活動怒涛の1週間

 今朝は寒い。そのはず天気図を見ますと西高東低。明日も続くようですね。事務所の気温は12度で、湿度は38%。PCの上の蛍光灯はつきません。

 今週は月曜から木曜までが地域活動。それぞれ種目が違います。土曜日もあるので、金曜だけはないです。

 夕方の就労後の活動ですが、公共性があるので「飲み会」のようにリラックスは出来ません。精神的な疲労は蓄積されていきますね。

 私が外へ出て行けば、その分両親の在宅介護の負担が家内にかかります。週末は海の散帆でまったりしたいが、許しが出るだろうか?

 「地震は自然現象。災害になるのは人災です」と言われたのは岡村眞さん。自分を振り返ってもまだまだ対策は出来ていません。



2017年03月14日(火曜日)
いの町長からの素っ気ない回答にがっかりです

 私の両親は高知市の隣町のいの町町民です。父(97歳)の自宅もあり、いの町には税金も父は納税しています。父(97歳)はいの町川内の出身。母(91歳)と結婚して高知市に住んでいました。昭和41年(1966年)にいの町に自宅を建築しました。以来51年間両親はいの町住民でした。

両親はいの町の自宅から車で高知市の会社へ通勤していました。しかし9面前に父が脳血管障害で倒れ、回復はしたものの失語症になり、慢性腎不全になりました。同時期母もアルツハイマー型認知症になりました。

 とても通勤が出来る状態ではないので、高知市の狭い私の自宅に同居しています。2011年にいの町に介護申請をしました。介護認定を受け、家内と2人で仕事しながら高知市内の介護施設へ通所し、健康を維持してきました。

 いの町の自宅に両親だけで生活させることは。超高齢者であるし難しいし、危険です。また仕事しながらいの町の両親の家に介護で通う事も困難です。高知市の自宅は海抜0メートルにあり、南海トラフ地震で地域は浸水するとも言われています。

 「もしも」の時に備えていの町の築51年の古家は維持しないといけないので、現在は息子が住んでいます。3年前に雨漏りがするので屋根をトタン屋根にし、最低限の耐震補強しました。父はいのが好きなので、住民票もそのままにし、いの町に税金も払い続けています。

 今年両親の介護認定があり、父は要介護度1、母は要介護3でした。父は介護度は低いですが、慢性腎不全でありステージ4です。透析1歩手前で踏ん張っています。そのために週3回専門医(植田一穂先生)の診察と点滴治療に週3回植田医院に通院しないといけません。3時間ぐらいかかります。

 母は身体的には問題は何もありません。しかしアルツハイマー型認知症と9年前から判定されました。2011年から介護判定され、介護予防通所リハビリ施設や、ディサービスを週5日利用しています。

 今年からいの町独自の福祉政策で評価していました「在宅高齢者などオムツチケット交付事業」と「家族介護支給金」が打ち切られてしまいました。

 その理由が「ご両親は住民登録されておりますが、居住地がいの町でないということからオムツチケットの支給要件を満たしていないことになっております。」との「素っ気ない」回答が文章でいの町長から来ました。

 固定資産税や住民税、介護保険料などの納税を両親は一切いの町に滞納しておりません。51年間支払い続けています。

 「役場の裁量」で出来ることらしいですが、いの町長は「福祉の専門家」を全面に出して昨年の町長選挙で当選された人だけに、「事なかれ主義」の「役所点数稼ぎ主義」の対応には、「大いに失望しました。」がっかりです。

 最近とみに両親は尿失禁と便失禁が多くなりました。オムツの使用量も増えました家計の負担も大変です。在宅介護で懸命に踏ん張っているところです。住民を支援するのが役場の仕事であり福祉政策なんではないのでしょうか。

 「小さな役場の理屈」で、納税者であるいの町民の支給される権利が奪われる現実には、釈然としません。両親も事情があって高知市の私の自宅に同居しているに過ぎません。仕事しながら在宅介護ケアするのは、職場と自宅が一緒でないと駄目です。その事情に配慮してくれない「社会保障」ってなんだか釈然としませんね。



2017年03月13日(月曜日)
「快適都市」はコンパクト・シティそのもの

 2017年3月11日(土曜日)の「コミュニティ計画推進市民会議」に初めて出席しておりました。その席上に懐かしい人達に再開し、昔話をしました。

 FBでも交流のある漁師明さんと、元高知短期大学教授の福田善乙さん、市役所の山地さんでした。わたしが27年前の高知青年会議所時代にこしらえた「快適都市」という概念と、小冊子(1990年から92年にかけて都市再開発セミナーを展開、3冊冊子を発刊しました)

 当時は記録媒体がWEBが今の時代のように普遍化していませんでした。紙媒体の小冊子にこだわり作成したものでした。

 現在高知市の「まつづくり」は、知るうるだけで4つのまちづくり計画が、ばらばらに相互連携されず、生真面目に真摯に行われています。

1)地域コミュニティ推進課の
「コミュ二ィティ計画」があります。

2)福祉の関係のまちづくり(福祉関係部署と社会福祉協議会。

「私たちが市と一体的に立てた地域福祉活動推進計画の中でうたっている「誰もが安心して暮らせる支えあいのあるまちづくり」


3)コンパクト・シティ計画(都市計画課)

 都市機能の「立地適正化計画」がある。

4)下知地区防災計画(事前復興まちづくり計画)地域防災推進課と下知地域住民との協働。

 それぞれが秀作の活動をしていますが、ばらばらです。一緒にやれないものでしょうか。

 そんなとき「快適都市」をこしらえた時代を思いだし、3人で昔話をしていました。

「27年も経過しているが、「快適都市」で言われていたことは古びてはいない。今こそやるべきであはないか。」

「高知青年会議所に当時期待していたが、その後は継承される動きはなかったのが残念ですね。」とか言われました。

 当時はバブリーな時代でしたが、アメリカの都市再開発の概念を学んでいました。徹底した市民参加と情報公開の原則。それだけは今でも覚えています。

 どんな地域計画づくりの場合も「計画策定段階からの市民の参加」は保証され、」市民自治や市民の自主管理まで到達しないと本物ではないと思うからです。

 住民の合意形成を無視した行政側のごり押しによる復興事業などは、まちとコミュニティの破壊活動以外なにものでもありませんから。



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