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田辺高英さん
田辺高英さん 1967年  広島県府中市出身

       高知大学理学部中退

       様々な職種を経験。


1994年  四国文映社入社

2004年  高知バリヤフリー映画会実行委員会を立ち上げる。

 

 田辺高英さんと初めてお会いしましたのは、外京ゆりさんのご紹介でした。映画「東京原発」実行委員会の打ち上げ懇親会の席でした。田辺さんは映写技師として、3度にわたる高知県民文化ホールでの上映を担当されていました。

 映画会社の人ですから映画に詳しいのは当然。趣味も映画であると言うことでしたので、番組の出演をその場でお願いいたしました。かくいう私自身は、この2年というもの映画館で映画を見たことがありません。話しがかみ合うか心配していました。

 でも話しを聞きますと、大西みちるさんの高知コミュニティシネマの野外映画会も関与されていたとか。サッカー好きで、「来年のワールドカップは、大きなスクリーンでみんなで応援したいものです。」と意気投合しました。

 日本の現状の映画界のありかたも危惧されています。

 「上映されている7〜8割はハリウッド映画。あと韓国映画など。それ以外の国の映画は見ることは出来ませんね。」

 「韓国やフランスは国策でハリウッド映画の上映を制限し、自国の映画制作を支援しています。ですから韓国などでは最近良質の映画が製作されています。」

 「日本は、1970年代になりますと映画は大変難しい時代になりました。しかし国は「映画は民間の興行」というか投げ方であり、自国の文化を支えるような支援策をしませんでした。1980年代、90年代と大手映画会社でさえも制作を縮小せざるをえませんでした。

 

 黒澤明や、小津安二郎らを輩出した日本映画界も「今は昔」の現状になっているようです。
韓国の狙いは映画を通じた「文化輸出」ですね。そうして自国のイメージを向上し手から、自動車やIT製品などの工業製品を世界市場で販売するつもりでしょう。明確な国家戦略の上にあります。

 また田辺高英さんは「バリヤフリー映画会」も広めようとされています。障害のある人もない人も一緒に映画を楽しめる場をこしらえようと奮闘されています。
 興行ベースの映画上映も大事でしょうが、「コミュニケーションの道具」としての映画も、多用な形で活用の余地があるのだと思いました。

田辺高英さんの 番組での発言は  こちら   から
 
田辺高映さんの ホームページ  は  こちら  から  
 
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