生涯学習が出来る環境整備とは?
 今週のゲストは、高知県議会議員の池脇純一さんです。今日のテーマは「生涯学習が出来る環境整備とは?」でお話を伺います。
 教育は、学校教育過程だけでなく、生涯を通じたものであるという理念から「生涯学習」が推進されていると思います。高知県は生涯学習がだれでも出来る環境整備されているのでしょうか?
 生涯学習は「いつでも。どこでも。だれでも」が基本です。その受け皿になる環境と言う点では高知県は充分に整備されているとは言えません。

 どういう機能がある受け皿なのでしょうか?
 一番良い例が「放送大学」です。「いつでも。どこでも、だれでも」受講することができます。入学試験もありません。規定の講座を選択し、仕事の合間に何回も学習できます。一定の試験に受ければ単位が取れます。単位を取得すれば大学卒業の資格がとれます。高知大学に設置されています。

 放送大学の学生はたくさんいるのでしょうか?
 あまりたくさんはいません。高知大学に設置されていることを知る県民も少ないのではないかと思います。当初は土佐女子短期大学に放送大学設置されていました。ビデオ学習センターという形でした。ここでは単位取得になりませんでした。教養を身につけるというものでした。
 高知大学に移転しましてから、単位取得が可能になり、卒業できるようになりました。
 一般的に生涯学習と言いますと公民館などで、開催されている「カルチャー」教室の印象があります。趣味だとかを楽しむように思っていました。その部分だけでなく、資格を取得したり、キャリア形成などが出来る、職業選択の手助けなどの手助けをする。そういう学習を含めて生涯学習と言うのでしょうか?

キャリア形成のためには様々な資格取得も必要。その目的なども考察しなければなりません。

書籍はたくさん出ています。ジョブカフェ高知には関連図書も閲覧できます。

(ジョブカフェ。こうちにて)

 そういう考え方が必要であると思います。 
生涯教育という言葉が、生涯学習に表現が変わってきました。「学び習う」ということになりました。
 その理念はユネスコで「永続的教育」ということで、P・ラングランが提唱していました。
 高知の場合生涯学習の基盤は殆ど出来ていません。昔は「社会教育」はありました。青年団とか婦人会とかありまして、公民館へ集めて社会活動をした時期がありました。活動費用を予算を下ろしていました。市町村に社会教育主事などが配置されていました。社会体育とか社会教育なんかをしていました。
 市町村の教育委員会のなかにありましたね。
 それがいつの頃からかなくなりましてね。社会教育はしなくなりました。それが生涯学習のほうに予算がシフトしてきましたね。それで青年団活動などが衰退してきました。
 しかし馬路村の東谷さんや、夜須町の丸岡克典さんなどは、青年団活動から出てきた人ですし、青年の船を通してネットワークがあり、今は地域のリーダーとして各地域で活躍されています。県下の西も東も頑張っている人がいます。その後がないですね。
 公民館が「文化教室」になりました。書道やお花や使用することが主体になりました。学習塾で使ったりもしますね。昔は青年団や婦人会のための公民館ですが、それがなくなりました。

 公民館でされている生涯学習は、文化教室「カルチャー教室」でありまして、池脇さんの言われる「生涯学習」とは理念が違うように思われますが。

 文化ですから習い事も含めて、知的欲求を満たすわけです。ここでいう生涯学習は学校教育が終われば教育は終わりではなくて、必要な教育は生涯にわたって受けていくべきだとの考え方なのです。
 そんことによって、人間性を向上させていきます。人生をどう生きていくか。仕事をするための技術や知識を習得することは生活のため教育をうけることですね。
 人生を豊かにしていくための教育は与えられていいと思います。
 知的な欲求が出てきまして大学でも「社会人の大学」というのが出来ていますのも生涯学習ですね。
 社会人でありながら学習し、またライフスタイルが変わる。職業もひとつでなく、いろんな職業を経験してもいいのですね。もっとも充実した喜びが感じられる職業を見つけれれば幸せですね。でも日本の場合は、ひとつのコースへ行けば、そこから「出れない」ようです。

 ひとつの会社へ入って。おしまいの時代でもないですし。
 日本の場合は学校に「年齢制限がありますね」。年齢制限をとっぱらえば、中退した子供達も戻って来れますね。生涯学習によって、中退した子供達が、知識なり技術なりを身に着けるために帰ってこれる「教育の受け皿」を学校教育がつくれなかったら、生涯学習でつくる必要があります。
 これが放送大学などがその役割を担うことなのです。だから私は放送大学を高知県に誘致しました。

 日本の場合は更に弊害が「学歴社会」であることです。ドイツなどでは仕事につく場合は、学歴は、学校を終えると言うことは「職業訓練の資格を得る」と言う捕らえ方をしています。日本の場合は学校を卒業しますと就職が出来るわけです。能力がなくても受け入れて大企業なら教育をしていました。ドイツなどはその上に、資格試験の訓練所があります。資格なり、技術なりを身をつけていれば、就労できます。「資格主義」であり、「学歴主義」ではありません。

 村上龍が「13歳からのハローワーク」がありますね。私は。小中学校に全部置くべきだと言っています。総合学習の時間にやるべきでしょうね。

個人的な質問で恐縮ですが、私も高校生時代にしくじり、ドロップアウトしたことがありました。留年したりしまして親には迷惑をかけました。
 やはりついていけなくなったり、学校を辞めたりしてドロップアウトしますと、なかなか「元へは戻れない」ものです。救済措置がありません。
 親子ともに追い込まれ、失意を感じてしまうことが、多いのですけれども。生涯学習の環境が充実すれば、救われるのでしょうか?
時代によって、関心ごとの時代があるでしょう。学校より社会問題に関心が高まる時期もありました。
 生涯学習と言いますのは、基本的には「やり直しの出来る」社会です。
今の日本では学校教育が肥満化していまして、学校教育の中で解決していこう。限られた年齢性下の中での教育ですね。
 年齢制限を越えた人たちが、学校教育へ戻りたいと言いましても戻れない。人生というものは、決められた年齢の中で一定のものをこなして、やるということは「個性」がなくなりますよね。
 ですから、社会教育や生涯教育は必要なのですね。「人生をどう生きるのか」というプログラムのをしっかりたてて学校教育を選ぶ。行きたい学校、専門性を選択する。そういうものですね。選択が間違ったときにいつでも「やり直し」が出来る。また新たな選択肢がある。それが提供できる。それが生涯学習の充実した環境ではないかと思います。
 高知の場合は、放送大学がありますので、充実度はあると言えるのでしょうか?
 放送大学はそうした面の一面です。高知大学に設置された当時は、四国では一番早かったと思います。
  情報化時代の進展のなかで、パソコンやインターネット、携帯電話の 使い方などをきちんと指導する必要性があると思います。子供たちや 若い人の関心があるだけに、教育機関や、生涯学習の場で支援する必 要性があると思われますが・・・。

高知工科大学のパソコンルーム。

情報化社会の「文房具」であるパソコンです。

 情報化というものは、既に情報産業として大きく経済的な位置づけができています。それにつく職業は増加しています。この分野の技術取得のための教育機関などはますます充実してきていると思います。
  高知県立文学館、歴史民俗記念館、牧野植物園、美術館などの県立文  化施設の充実度は満足のいくようなものですか?
 
 やっと「他人並みの」こういう施設が出来ました。それぞれの施設の充実を願いたいものです。生涯学習に使用できる施設ですね。これをどこまで活用できるかが、今後の課題ですね。
 
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