哲学のある人生とは?
 
 今週のゲストはNPO法人明日への絆副理事長の島本茂男さんです。島本さんは毎週金曜日は易者として、はりまや橋商店街にて人生相談や占いなどをされています。
 今日のテーマは「哲学のある人生とは?」でお話をお聞きします。島本さんは易者であるとか、フリーマーケットに参加されておられたり、NPOで活動されたり、教育関係でお仕事されたり、民間企業で勤務されたりとか「得がたい体験」をされています。
ここ最近の日本の社会を眺められておられて変化を感じられますか?またそのありように対して、島本さんの考えはいかがなのでしょうか?
 

 「勝ち組「負け組」のように人をラベルわけして、その人個人の人間性と関わりにくくなっています。人間性の喪失、物質化の問題があります。これは自己中心主義、エゴイズムの肥大化や市場万能主義のとも関係しています。


 1人1人はお互いの気持ちを通わせることがより難しくなっていて、孤立化の度合いを強めています。路上で観察していましても、随分無表情であったり、悲しそうな表情の人も多いです。一言で言うのなら社会は混乱と混沌の度合いを深めているようで今のままでは社会は崩壊してしまうのではないかという恐れをいだいています。

島本茂男さん
 島本さんは経済に関するエッセイのなかで「人間が社会的動物であり、関わりあってしか存在しえないものであるなら、勝ち負けを決め「負け組」を滅ぼしていく経済ではなく、共に生きていける経済を目指していかねばならないと確信します。」と言われています。そのあたりの考えをもう少しご披露下さい。
 まずお互いかけがえのない生命を持った存在、同じ人間同士という前提に立つことが、必要です。それから当然の事ですが、生命はお金よりも大事なものだと全ての人がもう一度深く認識することです。
 そうすれば金持ちがどんどん肥大化して、貧乏人から金を取り上げるような構造を変えていくことが出来るのではないでしょうか。金持ちになった「勝ち組」もただお金があるだけで心の平安が得られなければ幸せと言えるのでしょうか?
 アメリカの多くの金持ちは、ガードマンの守る家の中のプールで1人で泳いだりしているとの事ですが、それが幸せと言えるのでしょうか?
 人間は孤立するのではなく、助け合ってともに生きることこそ基本ではないでしょうか?それを実現させる経済体制が必要なのです。それは物やサービスを分け合ったりすることが始まりになると思います。
 私有=自分だけで財を独占するのではなく、共同利用、共有を促進することでいきやすくなっていくのではないでしょうか。それは本当に自分の食べ物を分けてあげることから始まると思います。お金をばら撒いて私有財産に固執する経済ではなく、与え合い助け合うことで成り立つ経済システムをつくる事も可能だと思います。
 経済とはそもそも「経世済民」−世の中を廻し、民を救うことが本義にあるわけですから与え合う経済こそが本来のすがたであるわけです。助け合い、与え合う中で、人を孤立化させ、滅ぼしていくのではなく、つながり助け合い安心できる社会を築けると思います。
 車椅子利用者の海水浴(2005年7月)
ホームヘルパー研修での車椅子体験。
 
最近の日本は、ともに助け合う気風が薄れてきているように思います。自殺者が年間3万人(交通事故者の2倍)を超える国は異常だと思います。多くは生活苦ということです。そうなる前に打つべき手はあると思われますか?
 本当に自殺者の数は異常だと思います。生活苦は繋がりのないところから発しているのではないでしょうか?誰かが行き詰る前に相談にのってあげたり、良い解決法を見つけてあげればいいのではないかと思います。
 それこそ、「助け合い、与え、与えられる社会」に移行できていればもう少し減らすことはできるでしょう。誰も孤立しないようにしていきたいものです。
 自分のそばにいる人に関心を持ってください。天が召し上げるまで自分で命を絶ったり、殺されて良い生命など一つもありません。つながりがあり、関係していて、会話がなりたっているなら、いろんな相談も出来るでしょう。行き詰る前に打つ手もきっと見つかると思います。
 島本さんは「なんでもかんでも所有するのではなく、適度に共有化すれば、生きやすくなるのではないか」ということを言われています。最近ではカーシェアリング(自家用車を所有せず何人かで共有して上手に利用しあう)ことや、ワークシェアリング(労働時間を短縮し、雇用を増やしながら生産性を上げる考え方)も言われるようになりました。そのような考え方なのでしょうか?
 そのとうりです。私有ー自分の独占的な私有にこだわるのではなく、共同所有を進めていくものです。何でもかんでも個人で持たなければならないものでしょうか。
 共同で利用することで、十分に用は足せるはずです。車を共同で利用すればそれを通して人間関係も深まりますし、都合を調整していくことで譲り合いの精神も生まれていくことでしょう。
 それはエゴイズムが膨張するのを防ぐことにもなります。自分1人良かったらそれで良いということではなく、相手の立場、要求も考えいれ、調和をはかっていく。それこそ助け合う社会をつくっていくことになると思います。何でも独占的に所有していますと私たちは社会を学べなくなります。成長することも出来なくなります。
 家にテレビが1台しかなければ、チャンネル争いをしながら、我慢したり、相手の気持ちを受け取ったり出来ていましたが、今の時代のように1人に1台テレビを持っている状態ではそうはならないでしょう。個人所有は成長の機会を奪っているとも言えるのです。どこかでおかしいことをひきおこしているのではないでしょうか。
 私たちは今まで財を増やし、所有物を増やし、物質的には豊になりましたが、心の中では豊といえるのでしょうか?そろそろ考え直す時期にきていると思います。
 
 日本人は「輪廻転生」(りんねてんしょう)のような考え方をすべきではないでしょうか。我利我利に 利益やお金に執着せず、達観した考え方で生きるべき時代ではないでしょうか?
 西行法師や鴨長明のような人生が良いのではないのでしょうか?

 輪廻転生にはいろんなイメージがあります。日本人は潜在的にこの考え方を持っています。キリスト教では一つの魂が再び肉体を得ると言う考え方がありますが、生まれ変わり、死に変わりという輪廻転生という考え方はないようです。


 この輪廻転生は科学的に証明することは難しいと思いますが、こういう考え方を取り入れることで、個人の人生を超えてより大きな摂理とか宇宙を考えることが出来るようになります。好きなことをやって死ねばそれまでというのではなく、生命を個人の人生を超えるところまで拡大してみると、考えも広がってくるのではないかと思います。
 利益やお金に執着せずというのはその通りです。達観というと世の中から超越したり、俗世を離れるイメージがありますが、あくまでも俗世のなかで生きるべきだと思います。俗世の中でお金に執着しない人が増えることはそれだけでも素晴らしいことだと思います。
 人間関係を拒絶して、一人妄想の中で生きるのではなく、話し合い、苦しみを分かち合い、共に生きる喜びを感じて生きられることが大事だと思います。

 西行法師や鴨長明の人生もある面理想的ではありますが、漂泊の詩人や世捨て人ではなく、(そういう時期があってもいいですが)基本は社会の中で何らかの活動をしていくことが大事ではないかと思います。

 

 収録の様子です。島本茂男さんは、大変難しい問題を平易な言葉で明瞭にお答えいただきました。

 易者は「街角のカウンセラー」と言われるだけあって、いろんな社会情勢に対しても関心があり、知識も大変豊富な人でありました。

 日本人のあり方、自然な生き方についてはどう思われますか?
最後にメッセージがありましたらよろしくお願いします。
 日本人と言うことが狭いナショナリズムにつながるとよくないと思うのですが、日本人が持っていた全てのものに生命を見出し、大切にしていく。「もったいない」と言う考えはそこからでています。アニミズム、自然崇拝の考えは大切にしていくべきだと考えます。
 自然は人間が勝手に支配できる、ものではなく、そのなかでそれに包まれ、従って生きるものだと思います。人間は自然の一部ですから。自然に学び、本来の生き方を取り戻すことこそ肝要です。
 それは少なくとも戦い奪い合う生き方ではありません。今の時代がまさにそうなっています。振り込め詐欺や、リフォーム詐欺が何故こんなにも蔓延するのでしょうか?手っ取り早く金を手に入れるかれらは究極の「勝ち組」ということもできるかもしれません。ひったくりだってそうです。人間関係の薄い中でお金を稼ぐことだけ強調すると犯罪がますます増えるだけになります。今の世の中は生きやすい世のなかでしょうか?勝ち組には?負け組には?
 お金だけではなく、生命を大切にする生き方が自然な生き方ではないでしょうか。そしてお金ではなく、物やサービスを大切にすることが自然な経済でしょう。
 もっともっと多くの人達が生きかたを見つめ考えて欲しいと思います。今の世の中お金が大切なことは言うまでもありませんが、それに縛られてしまうと、社会を変えることも生きやすくする事も出来なくなります。
 竹林寺の海老塚和尚はよく「あるべきようは」と言います。各人があるべき姿を考え、話し合う中から新しい社会が生まれてくると思っています。
 
12月番組に戻ります