自分の体は自分で守る
  今週のゲストは、フッとセラピストの田村一浩さんです。田村さんは四万十市で開業される傍ら、高新文化教室でも講義を持たれています。今日のテーマは「自分の体は自分で守る」でお話しをお聞きします。
 過去私も椎間板ヘルニアで長期間悩まされていました。整形外科での牽引療法と注射の治療で少しも良くならず、周囲を恨み、あたら散らしていた時期もありました。
田村さんも過去、大変なストレスで悩まれていたと聞きました。それはどういう状態でしたのでしょうか?おかまいない範囲でお話し下さい。
色々な症状を経験しましたから。最初は汗がやたら出たりして呼吸が定まらなかったりしました。パニック症状で外へ出られなくなりました。そのうち不眠にもなりました。
 そして月日が経つと焦りが焦りを呼び、不安が増して緊張し体も硬直し、地獄のような3年間でした。
田村さんは、どのうような方法にてストレスを克服されたのでしょうか?またその過程で、ご自身の考え方も変化がありましたか?
 硬直している体の部位に関しましては、両手が届くところは自分でほぐしたりしました。背中とか手の届かない部分は呼吸に合わせて体をくねらせたり、のけぞったりして緊張を解いたりしていました。
 今になって考えましたら、それは東洋の導引術でした。その3年間で両手の感覚が敏感になったのかも知れません。今は相手の症状と対応箇所にピンポイントで自然に手が届くようになりました。これは苦しみの中から学ぶ、経験と知恵でしょう。そのときは地獄の苦しみでしたが、今思えば私にとっては必要な3年間だったと思います。長いようで短い3年間でした。

 その過程で考え方や」意識は大きく変わりました。最初はお袋とか家内とか周りに当り散らしていましたから。どれくらい経った頃からか忘れましたが、今までの自分の人生のありかたについて反省するようになりました。


 その頃は、介護士を夢見ていました。ですが当時経済的にも逼迫していましたから学校へも行くことが出来ません。それで介護の道は諦め、他の仕事を探しながらあれこれ本を読み漁りました。子ども達にケアする方法を書き残そうとしました。
 私みたいな思いは子どもにはさせたくないですからね。そんな中、女房がくれた足の本を見て夢中になったことです。お袋もそうですが、この女房がいなけれ場、今私はここへはいません。彼女達には言い表せないほどの感謝があります。それは結果でお返しします。

田村一浩さん
東洋医学的な思想に共感されたと聞いていますが、どういうところが良いのでしょうか?西洋医学的な考え方とはどういうところで異なっているのでしょうか?
 そうですね。医学は科学ですの出、科学にはあまり興味はありません。前回「中国では科学は実学にあり、医学は哲学にあった」と話しましたが、私はその哲学(心)に興味があります。
 東洋医学は(気=心)に由来しますが、その気(心)です。また哲学といってもそんなに難しくはありません。哲学だけにとらわれても哲学論争になりますので。いい加減に「適当じゃないですよ。いいバランスでいい加減で」見つめています。とらわれずに考え追求し、難しいところを超えたときにそこに至ってシンプルなことでした。
 そこには人種も、国境も、宗教もありません。あるのは今、この瞬間だけです。今この瞬間の「私」であったり、「あなた」でした。そこに「ああだ!」「こうだ!」はありませんでした。今この瞬間を切に生きるだけです。また相手を切に思えば、おのずと手が出ますね。それが「手当て」です。それが「心への手当て」です。
 それから東洋と西洋の違いですが、東洋医学は簡単に言うと全体。西洋医学は臓器そのもの。人体を山と考えればもっと簡単にわかります。東洋は山全体を見て怪しいと思われる樹木を探します。調整していくときも全体を調整し、樹木を調整しようとします。ですが、その樹木のどの枝が折れているか、どんな虫がついるかは全くわかりません。
 いいですか。これは人にも言えますが、皆、短所があるものです。お互いの短所をお互いの長所でカバーし助け合えば、素晴らしい医療が生まれるということです。生まれるというか、それが本来の医療の形だとわたしは思います。
 今までは仕方がないですが、これからの時代、特に医療現場においては、俺(が)これ(が)で百家争鳴するのはいかがなものかと思います。俺(が)これ(が)の(が)をやめて、俺(も)これ(も)の時代ではないかと思います。時代は流れています。*アポトーシスされないよう早くそのことに気付けばと願います。

 *アポトーシスは、1972年、Kerr、Wyllie 及び Currieという 3人の病理学者達によって、壊死と形態学的違いから見出され、名付けられた細胞死である。
 アポトーシスは、その形態のみならず、機能においてもネクローシスと異なり、細胞分裂と表裏一体となって組織の細胞動態に深く関わっているものとして提起された。アポトーシスは、多くの病理的要因によっても生じるが、発生、免疫、ホルモン作用など生理的現象の発現に必須な“生理的細胞死”としても重要な役割を果たしている。

http://www.jaeri.go.jp/dresa/dresa/explain/ab000410.htm)より

 アポトーシスされないように早くそのことに気付くことです。
 最近テレビ、新聞、雑誌などでやたら「健康法」がとりあげられたり宣伝されています。健康食品、栄養補助j食品、サプリメント、健康器具等話題にならない日はありません。
 そのあたりの現象について田村さんはどのように思われますか?
 お金儲けしたい人は、その人の目的意識が「お金儲け」に向いています。それはそれで良いのではないかと思います。
 ただそれが「絶対」とか「あこが悪い。ここが悪い。」なとと表現を過剰にして不安を煽り、売ると言うのはいかがなものかと思いますね。人は不安が増したときに「意識下の狭窄」と言いまして暗示にかかりやすくなります。そんななかで物を売ってもどうかなと思いますね。
 それから一時的な儲けは、儲けとは言えません。安定したこそ儲けだと思っています。スクールを始めたこと、こういった仕事がブームに乗っていましたので、よく人に「儲かるでしょう」とか、スクールにも「儲けたいのですが」とかいう問い合わせもいただきました。
 その方々にはこう申し上げました。「儲けるとは沢山の信用がいります。知識、技術、人間的、社会的信用、など様々な信用が必要です。フットセラピーの資格をとっただけでは、儲けることは不可能です。カリキュラムだけを消化し合格したからと儲かることには繋がりません。
 儲けるとは「信用のある者」と書いて「儲ける」と書きますね。という風に私はお話をしました。まだまだ私は未熟ですから、気が遠くなるような信用づくりをいまだにしています。ですから正直儲けていません。こう言いまして他をあたっていただきました。

わたしも田村さんに足を見ていただきました。

 

(写真は田村一浩さんに提供いただきました。)