イスラム過激原理主義とは何か?

 9月11日アメリカニュ―ヨークで、イスラム過激原理主義者が旅客機をハイジャクし,同時多発テロを引き起こしました。10月8日に米英軍は,イスラム過激原理主義をかくまっているアフガニスタンのタリバン勢力を空爆しました。激しい戦闘で多数の難民が発生しました。

 11月の半ば頃からアフガニスタン情勢は急転,タリバン政権は崩壊、険しい山岳地域に撤退したようです。ビン・ラビンとかアルカイダとか、オマル師とかラマダンとか、普段聞きなれない言葉が多いようですが?

1)私もよくわかりません。「イスラム過激原理主義」(藤原和彦著・中央公論新社刊)を読みました。

  著者によるとイスラム過激原理主義集団を解く鍵は、4年前の1997年11月17日エジプトの観光

  名所ルクルールで起きたテロ事件です。テロリスト6人が,外国人観光客58人を虐殺した事件です

  。

2)犯人達は高等教育を受けた知識層でした。自動小銃を乱射し、ナイフを使用する残虐さでした。

  エジプトのイスラム過激原理主義者は1981年に、サダトエジプト大統領を暗殺したことがあり

  ます。徹底的に取り締まりをされてきました。外国人の観光客による収入はエジプト経済に貢献

  しています。犯人は警戒の厳しい政府要人暗殺ではなく、無防備,非武装の観光客を襲撃し、

  エジプト政府に打撃を与えようとしました。

3)エジプトを始め,トルコやインドネシアやサウジアラビア、カタールなども穏健なイスラム国です。

  それらの国々を「世俗化し堕落した指導者が支配する国」「アメリカに屈服した指導者」と非難し

  ているのが,ラビンであり、そのテロ組織がアルカイダです。タリバン政権は彼らを支援し,かく

   まっていました。だから米英両国が攻撃したのです。

*  タリバン政権崩壊しましたが、イスラム教の古来の伝統を復活させたことです。カリフ制度の復

   活です。オマルという名称は日本でいえば、「関東管領」「京都所司代」のような地域方面司令

   官であるようです。一応イスラム社会から認知された地位のようです。

*  今回の同時多発テロの犯人も、貧しい階級の出身ではなく高等教育を受けた階層出身です。

   彼らは西欧型の民主主義を否定し、少数の宗教指導者がイスラムの戒律に忠実に人民を

   統治する体制を理想としているようです。

*  上意下達の宗教国家観は,理解不能です。主権は人民ではなく,神にあるという国家観は

   異教徒には理解不能ではないでしょうか。理想実現のためにテロを使用することには、断固

   として反対する勇気も私達には必要です。

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2002年3月1日